78 讃岐高松城(香川県)
登城日 1回目 1990年頃
2回目 2003年 8月23日(土)晴
3回目 2008年 3月16日(日)晴
難易度 ☆
場所 香川県高松市玉藻町2-1
2回目 2003年 8月23日(土)晴
3回目 2008年 3月16日(日)晴
難易度 ☆
場所 香川県高松市玉藻町2-1
岡山駅から快速「マリンライナー」に乗れば、乗換無しで高松まで行けます。
18きっぷで行けるし、瀬戸大橋は渡るし、最高ですね。
高松駅を降り立つと、そこはもう城内です。
高松城の縄張り図。
海城でした。
玉藻公園入り口。
黒鉄門跡。
万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことにちなんで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことにより、別名を玉藻城といいます。
入らずに、ぐるーっと一周してみます。
廉櫓跡。
二の丸北面石垣。
かつては、海に面していました。
武櫓跡。
かつては海だったところに櫓が建ってました。
時報鐘(?)。
月見櫓、水手御門、渡櫓。国の重要文化財です。
月見櫓は装飾が特徴的です。
瀬戸内海と月を見ながら一杯したのでしょう。
ロマンチックですね。
鹿櫓跡。
東の丸も石垣が残っていますが、建物が上空を跨いでいます。
艮櫓跡。
建物は太鼓櫓に移築され、現存しています。
ここから角みたいに石積み突堤が海に向かって延びていたようですが、流石に無いですね。
ビルの間に東の丸石垣が続きます。
県民ホールの入口にまで石垣が延びています。
上半分を継ぎ足ししています。
内堀。
太鼓櫓跡に建つ艮櫓。
旭橋を渡り入城。
ここでスタンプGet。
太鼓門は桝形になってます。
桜の馬場。
かつてはこんな風景だったそうです。
天守台は工事中で跡形も無く。
残念。
桜門より三の丸へ。
月見櫓から見た三の丸。
現在、披雲閣があります。
月見櫓から見た三の丸北側。
海の防波堤でもありました。
月見櫓内部。
現存だけあって、歴史を感じます。
水門から見た天守台。(前回のもの)
天守台には玉藻廟が建っていました。
二の丸から本丸へは鞘橋を渡って行きます。(前回のもの)
天守台から見た艮櫓。(前回のもの)
最後にスタンプ。
西側がすっかり無くなっているが、東側はビルの谷間に奇跡的に残っていることを、今回初めて知りました。
こういう残り方は珍しいですね。
18きっぷで行けるし、瀬戸大橋は渡るし、最高ですね。
高松駅を降り立つと、そこはもう城内です。
高松城の縄張り図。
海城でした。
玉藻公園入り口。
黒鉄門跡。
万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことにちなんで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことにより、別名を玉藻城といいます。
入らずに、ぐるーっと一周してみます。
廉櫓跡。
二の丸北面石垣。
かつては、海に面していました。
武櫓跡。
かつては海だったところに櫓が建ってました。
時報鐘(?)。
月見櫓、水手御門、渡櫓。国の重要文化財です。
月見櫓は装飾が特徴的です。
瀬戸内海と月を見ながら一杯したのでしょう。
ロマンチックですね。
鹿櫓跡。
東の丸も石垣が残っていますが、建物が上空を跨いでいます。
艮櫓跡。
建物は太鼓櫓に移築され、現存しています。
ここから角みたいに石積み突堤が海に向かって延びていたようですが、流石に無いですね。
ビルの間に東の丸石垣が続きます。
県民ホールの入口にまで石垣が延びています。
上半分を継ぎ足ししています。
内堀。
太鼓櫓跡に建つ艮櫓。
旭橋を渡り入城。
ここでスタンプGet。
太鼓門は桝形になってます。
桜の馬場。
かつてはこんな風景だったそうです。
天守台は工事中で跡形も無く。
残念。
桜門より三の丸へ。
月見櫓から見た三の丸。
現在、披雲閣があります。
月見櫓から見た三の丸北側。
海の防波堤でもありました。
月見櫓内部。
現存だけあって、歴史を感じます。
水門から見た天守台。(前回のもの)
天守台には玉藻廟が建っていました。
二の丸から本丸へは鞘橋を渡って行きます。(前回のもの)
天守台から見た艮櫓。(前回のもの)
最後にスタンプ。
西側がすっかり無くなっているが、東側はビルの谷間に奇跡的に残っていることを、今回初めて知りました。
こういう残り方は珍しいですね。
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